NHKBShi 『坂の上の雲』#6 “日英同盟” 17:30〜19:00

録画済。


ドラマオリジナルの部分が相変わらず情緒があって良いですね。アリアズナが〔荒城の月〕をピアノで弾くシーンとか。下等な日本人が作った曲が素晴らしかったからこそ「どうせ盗作」と吐き捨てる一部のロシア貴族。ニコライ二世は、公文書にも日本人を“猿”と書く人。広瀬(藤本隆宏)のロシア海軍社交界での人気振りを知ったら、皇帝はどんな顔をしたんでしょう。

ヴィルキツキー少尉は、浅瀬にあぐらをかいた新造戦艦にいる。日本の連合艦隊がやってきたとき、擱座しながらもこの艦は舷側の六インチ砲を間断なく撃ちあげた。露都時代、広瀬とヴィルキツキーがひそかにおそれたその現実がやってきたのである。
(中略)
広瀬は、大機関士の栗田富太郎をかえりみていった。
「なにか記念になるものを書きのこしたいのだが」
といったが、この本当の理由は広瀬にしかわからない。
(中略)
やがて広瀬が幕に大きく書いたのは、なんとロシア文字であった。
それが、船橋にはりめぐらされた。この船が港口に沈んだとき、おそらく船橋だけは海面上に出る。ロシア人はそれを読むであろう。
「なんと、お書きになりました」
と、栗田大機関士がきいた。
栗田は後年まで語ったが、広瀬のそのときの表情は、快活ななかにも奇妙なはにかみがあったという。
(中略)
この報国丸が沈んでから、ロシア側はこれを読んだ。それについて、前記ブーブノフ海軍大佐の記録では、
「尊敬すべきロシア海軍軍人諸君。請う、余を記憶せよ。余は日本の海軍少佐広瀬武夫なり。報国丸をもってここにきたる。さらにまた幾回か来らんとす」
と、書かれていた。
広瀬武夫がわざわざこれを書いたのは、旅順港内に自分のペテルブルグ時代の知人が多くいることを想定してであった。たとえばボリス・ヴィルキツキー少尉がいる。さらにはこの字幕がペテルブルグに伝わることによって、かれのアリアズナに最後のあいさつを送ろうとするものであったろう。

司馬遼太郎坂の上の雲』3巻(文藝春秋)より抜粋