NHKBSプレミアム 『坂の上の雲』#13終 “日本海海戦” 18:00〜19:30

終わりましたね。原作のままの“雨の坂”はとても良かったです。
映像では描かれなかった“三笠自沈”を原作から抜粋。

東郷とその連合艦隊の大部分は凱旋の命令があるまで佐世保港内にとどまっていた。
そういう待機期間中、珍事がおこった。旗艦三笠が自爆し、六尋の海底に沈没してしまったのである。九月十一日午前一時すぎの出来事であった。
(中略)
なぜ爆発したかとなるとよくわからず、推測の手がかりもない。(中略)不平水兵が放火したのではないかという説もあったが、戦勝後でもありまた士気の一般的状況からみて考えられなかった。結局は火薬の自然変質による爆発というごく常識的な観測が佐世保の現場での大かたの考え方であるようだった。
(中略)
「現場をご覧になりますか」
と若い士官が真之にいったが、真之は見るにしのびなかった。かれとともに日本海海上で戦ってきた三百三十九人に戦友が、敵弾で斃れることなく戦勝後事故で一挙に死んだ。数奇というよりもこの奇怪さが、真之の多分に宗教性を帯びはじめている感情には堪えられなかったのである。
ついでながら日本海海戦における侵入軍−ロシア側−の死者は約五千で、捕虜は六千百余人である。防御軍である日本側の戦死は百数十人にすぎなかった。真之はロシア人があの海戦であまりにも多く死んだことについて生涯の心の負担になっていたが、それにひきかえ日本側の死者が予想外に少なかったことをわずかに慰めとしていた。が、戦闘で死んだよりもはるかに多数の人間が火薬庫爆発といういわば愚劣な事故で死んだことに、真之は天意のようなものを感じた。あの海戦は天佑にめぐまれすぎた。真之の精神は海戦の幕が閉じてからすこしずつ変化しはじめ、あの無数の幸運を神意としか考えられなくなっていた。というよりも一種の畏怖が勝利のあとのかれの精神に尋常でない緊張をあたえはじめていたのだが、この旗艦三笠の沈没は日本に恩寵をあたえすぎた天が、その差引勘定をせまろうとする予兆のようにもおもわれたのである。
真之が到着した朝、大本営から命令が入った。
旗艦が、敷島に変わった。あれだけ奮戦した三笠はその栄光を受くべき凱旋の日の旗艦ではなくなったのである。

司馬遼太郎坂の上の雲』6巻(文藝春秋)より抜粋

それでも真之は軍人でありつづけ、第一次世界大戦の成り行きと結果を予測し、事実、彼の予測した通りになり、アメリカとは決して戦争をするなと後輩たちに言い続けたのです。