NHKBSプレミアム 『坂の上の雲』#11 “二〇三高地” 18:00〜19:30

今日は、原作ではどの辺だったかと見てみたらまだ4巻(ハードカバーで)の頭。残り2巻強を3時間……明石の大諜報活動は今回の説明で終わりっぽいし、5巻の航海中のバルチック艦隊の様子も説明で終わりそう。あのくだり、面白いと思いつつも、艦隊の悲惨な状況に敵国ながら同情を覚えてしまうほどで、読み応えあったんですけども。

児玉は、前線に出た。
この日、十二月三日である。二〇三高地の砲塁のことごとくが、沈黙していた。日本軍も、全員が銃剣をおさめ、砲は火を噴いていなかった。
休戦なのである。
死体収容のための休戦であった。このような目的の休戦は、この攻囲戦の期間中、しばしばおこなわれ、慣例化していた。
(中略)
日本軍の(省略)壕の底に死体が詰まり、さらにその死体の上に死体がかさなって、もはや壕の役割をなしていないまでになる。ということは、日本軍の生きた歩兵は、壕にうずまった死体を踏んでゆくのだが、死体のほうが、壕よりも盛りあがってしまっていることが多く、生きた歩兵は、体を露出しなければならない。休戦によってそれを排除し、もとの壕の機能を回復する、というのが、乃木軍がやってきた休戦の目的であった。これにひきかえ休戦で砲塁を補修し、休戦後、砲塁の威力を新鮮にするロシア軍に比べれば、彼我の休戦効果の大小は、論ずるだけむだであろう。
(なんという馬鹿なことをする)
と、児玉は、煙台の総司令部にいるときから、このことについて憤懣をもっていた。
ところが、児玉がこの戦場にきた十二月一日、乃木軍は休戦をロシア側へ提案した。
ロシア側はそれを承認し、この日からその期間に入った。休戦期間は四日までである。
児玉は、こんどばかりはこの休戦をよろこんでいた。
(この期間中に、作戦計画を変更してしまおう)
と、おもった。重砲陣地の移動についても、
「二十四時間以内に完了せよ」
という、乃木軍司令部の砲兵担当者が唖然とするような命令を出したのは、この休戦期間を利用してそれをやらねば、弾雨のなかではとうていこの作業は不可能であるかとおもったからであった。

司馬遼太郎坂の上の雲』4巻(文藝春秋)より抜粋

この休戦のとこ読んだ時に私のような素人でもどあほう司令部と思ったのに、現場の児玉の憤りたるやどれほどかと。映像では“何故二十四時間以内か”というこの部分は省略されちゃってましたが。その辺は尺の問題つーことでしょうな(苦笑)。

佐藤は、承知しなかった。
「陛下の赤子を、陛下の砲をもって射つことはできません」
といったから、児玉は突如、両目に涙をあふれさせた。この光景を、児玉付の田中国重少佐は、生涯忘れなかった。児玉は、かれなりにおさえていた感情を、一時に噴き出させたのである。
「陛下の赤子を、無為無能の作戦によっていたずらに死なせてきたのはたれか。これ以上、兵の命を無益にうしなわせぬよう、わしは作戦転換を望んでいるのだ。援護射撃は、なるほど玉石ともに砕くだろう。が、その場合の人命の損失は、これ以上この作戦をつづけてゆことによる地獄にくらべれば、はるかに軽微だ。いままでも何度か、歩兵は突撃して山上にとりついた。そのつど逆襲されて殺された。その逆襲をふせぐのだ。ふせぐ方法は、一大巨砲をもってする援護射撃以外にない。援護射撃は危険だからやめるという、その手の杓子定規の考え方のためにいままでどれだけの兵が死んできたか」
乃木は、だまっている。
児玉は、さらにいった。
「先刻、耳にしたところによれば、二〇三高地の西南の一角に、百名足らずの兵が、昨晩から貼りついているそうだ。かれらは歩兵の増援どころか、砲兵の援護もなく、ただ寒風にさらされて死守しているらしいという。その姿を、この場にいる者で見た者があるか」
児玉は、一座を見まわした。おどろくべきことに、この軍司令部では、軍司令官をはじめ、その幕僚のたれもが、その光景を見に行った者がないのである。

司馬遼太郎坂の上の雲』4巻(文藝春秋)より抜粋

情報と兵站。戦でそれがいかに重要であるか、戦国期の石田三成の働きっぷりでもわかることなのに、大日本帝国大本営は、太平洋戦争終戦まで、上記のような愚行を繰り返すのです。